MOMO SS:1



「人魚姫」



「たまには羽伸ばしてくるじゃん」

ワガママ王子の粋な計らいで、一日休みをもらった侍女たち。

日ごろの疲れがたまっていたのか、せっかくの休日なのにイカ子が起きたのは昼過ぎだった。

タイ子は買い物に、ヒラメ子はシャークと遊びに出かけたらしい。

イカ子は地上に出てみることにした。

「……いい天気……」

いつものコスチュームはさすがに浮くからと着用した淡いブルーのワンピースのすそを

心地よい自然の風が大きくはためかせてゆく。

空調まで完全に管理されたムー帝国も快適ではあるが、この開放感は得られない。

「……美樹姫はお元気かしら?」

王子にご様子を報告したら喜ぶだろう。

それに立場や年齢の違いを越えて、イカ子は美樹を好ましく思っていたから。

「――ごめんなさい、今美樹ちゃんは学校に行ってるんですよ」

太平プロの敷地に入ると、トレーニング中の三郎太が目ざとく見つけて声をかけてくれた。

――そうだった。今日は「平日」、学生である美樹は当然不在……。

「……こちらの習慣には疎いもので…失礼しました」

せっかく来たからには、やっぱり話のひとつもしたい。

どこかで時間をつぶしてからまた来ようか……。

キイ……。

「――あら、」

ドアが開き、中からツインテールの女の子が顔を出した。

イカ子に気付いて、恥ずかしそうに三郎太の足にしがみついている。

「こんにちは。……お名前は?」

目の前にしゃがみこんで、視線を合わせて話しかけてみた。

「左千夜!」

「そう、千夜ちゃん…。お姉ちゃんはイカ子っていうの」

「……あ!あのおサカナのおねーちゃんや!うち、テレビで見たことある!」

知ってる人だと安心してイカ子に飛びついてくる。

「おねーちゃん、美樹ねーちゃんに会いに来たん?」

「ええ。…でもお留守なの」

「うち、おとーちゃんがここの定期点検するゆーてな、一緒に来たんやけど

おとーちゃんてば、ぷーにーちゃん連れてってしもたんや」

せっかく一緒に遊ぼうと思ってたのに、とほっぺを膨らませる。

「お仕事はいつごろ終わるの?」

「夕方……」

「それまで一人?」

「………うん」

「………お姉ちゃんと遊ぼうか」

「―――うん!」

よっぽど退屈だったのだろう。ぱあっと顔を輝かせて大きく頷いた。

「イカ子さん、お客様にそんなこと……っ」

「いいんですよ。私も美樹姫が戻られるまで待っているつもりでしたから。

三郎太様はトレーニングをお続けになってくださいませ」

「……そうですか?じゃあお願いします!」

二人に挨拶をすると、そそくさと中に戻って行った。

自分を高めるためのトレーニングに熱心な様子がうかがえて好ましかった。

「――どこで遊びましょうか」

「こっち!こっちで遊ぶ!」

ぱたぱたと裏庭にかけて行く。

今日はサンダルでよかったわ…と、イカ子もその後を追って走った。

「ここがいい!ここで遊ぼ♪」

太平プロの裏庭に出た。屋外トレーニングもできるほどの敷地。

奥には大きな木。…木陰で休んだら気持ちよさそうだ。

千夜はどこからか見つけてきたホースを持ち出し、蛇口をひねる。

「それっ!」

「きゃ…っ!」

つぶしたホースの先から勢いよく噴射された水が上から降ってきた。

ちょっときつめの日差しに照らされた身体が潤いを得て喜んでいる。

海底にいるせいか、イカ子は水がとても好きだった。

まさに水を得た魚のように心地よさそうなイカ子を見て我慢できなくなったのだろう。

「おねーちゃん、うちも!うちにもシャワー!」

千夜が自分にも、と催促してきた。

ちょっと躊躇しながらも思い切ってホースを向けると、もっともっとと喜んだ。

はしゃぐ千夜と一緒にそこらじゅうを駆けまわったり、虹を作ってみたり…。

こんなに遊んだのは本当に久しぶりだった。

「あーーーー楽しかったあ♪」

「千夜ちゃん、ちょっと休まない?服も濡れちゃったし」

「ほな、あそこでひなたぼっこしよ!うちの荷物もおいてあるさかい」

イカ子がホースを片付けている間、千夜は木の下へと走った。

置いてある手提げ袋を取ろうと木の裏にまわると。

『……いやじゃんのにーちゃんや』

「にーちゃん」は「しー」と口元に人差し指をあてて見せる。

千夜もならって「しー」をして、袋を取って表側に戻った。

袋の中からレジャーシートを取り出して、片付けを終えたイカ子と一緒に木の下に座る。

「――なあおねーちゃん、絵本読んで欲しいんやけど…」

「ぷーにーちゃん」に読んでもらおうと持ってきたのだろう絵本をイカ子に差し出してきた。

喜んで、と手に取って、けれど表紙を見て表情を硬くした。

「人魚姫………」

「………どないしたん?」

「――ごめんなさい、このお話は――読めないの」

「……どないして?」

イカ子は軽く息をついて、言い聞かせるように話しはじめた。

「人魚姫のお話は知ってるでしょう?

人魚姫はね、王子様に恋をしてお傍にいたいと…自らの声と引き換えに足をいただいたの。

思いを伝えることはできなくても、お傍にいられるだけでとても幸せだった。だけど…。

王子様はとある国のお姫様に恋をして婚約までしてしまったの。

恋が実らなければ人魚姫は泡になってしまうから、人魚姫のお姉さんたちは彼女を思ってね、

魔女にお願いして、その美しい髪と引き換えに短剣をいただいたの。

その短剣で王子を刺せば人魚姫は元に戻れるんだけど……」

「――おねーちゃん?」

俯いたまま黙ってしまったイカ子を見ると、髪で隠れた顔からぽろぽろと水滴が零れてきた。

「………できるわけ、ないじゃない…!」

「おねーちゃん……」

顔も上げずにイカ子は続ける。

「結局人魚姫は自分の幸せよりも王子の幸福を選んだのよ。

あたりまえよね、私だって……私だったらそうしたわ。

大好きな人が幸せなのは嬉しいことだわ、でも……。

泡となって消えていった人魚姫を思うと哀しくて……。

――ごめんなさいね。でも、私には哀しすぎるから」

涙を拭い、落ち着かせようと目を閉じて、深呼吸をして……。

イカ子はそのまま眠ってしまった。

千夜は絵本をしまうと木の裏にまわった。

「にーちゃん、もー出てもええで」

話を聞いていたであろうまりんに小声で話しかける。

「うちはもうおとーちゃんのとこに戻るさかい、あとは頼んだで」

「――え、おい……っ」

「おねーちゃんに伝えといてな。…あとで謝らんと。

おねーちゃん、疲れてたのにうちに付き合わせてしもたから」

それじゃまたあとでな、と千夜は走って行ってしまった。

「ん………」

陽が暮れて涼しくなってきたせいだろう、イカ子が目を開いた。

「――イカ子」

「お…っ、王子っ!……あらっ、千夜ちゃんは……っ」

「父親んとこに戻ったじゃん。疲れてたのに付き合わせて悪かったって言ってたじゃん」

「そうですか………」

私ったらお話の途中で寝ちゃうなんて…と申し訳なさそうにレジャーシートをたたむ。

「――イカ子」

「………はい?」

「人魚姫のもうひとつのエンディング……知ってるか?

人魚姫と王子は結ばれて、幸せになるじゃん」

「お――じ……」

「――さ、美樹姫に挨拶したらもう帰るじゃん。

おめーの休日は終わりじゃん、明日からまた俺の世話するじゃん」

頬を染めながら、手を差し出してくる。

「………はい!」

イカ子はそっと手を重ねる。

王子と人魚姫は、手を取りながらともにお城へと――。




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